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福岡高等裁判所 平成3年(行コ)19号 判決

控訴人

十亀章

右訴訟代理人弁護士

上田国広

被控訴人

北九州西労働基準監督署長石原豪鎮

右指定代理人

吉村孔一

被控訴人

福岡労働者災害補償保険審査官畠中廣

右被控訴人ら指定代理人

富田善範

里村啓子

右当事者間の審査請求却下処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「1原判決を取り消す。2被控訴人北九州西労働基準監督署長(被控訴人労基署長)が、控訴人に対し、昭和六一年六月三日付けでした労働者災害補償保険法(労災法)による障害補償給付の支給に関する処分を取り消す(第一の一の請求)。3被控訴人福岡労働者災害補償保険審査官(被控訴人審査官)が、控訴人に対し、昭和六三年一二月一九日付けでした労災法による審査請求を却下する旨の処分を取り消す(第一の二の請求)。4訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者間に争いのない事実と争点は、争点(第一の一及び二の請求について)について当事者の主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  原判決は、控訴人が原処分に内心において不満を持ち、労働基準監督署に赴いたことを認めているが、口頭による意思表示をしたとは認めてはいない。しかし、控訴人は鹿野に対して「等級が違い過ぎるから正常にして下さい」と異議を述べたことは明らかであり(控訴人本人調書三六項)、鹿野が右の行為を口頭による申立てと認識しなかったとしても、客観的行為としては口頭による申立てとみるべきである。

2  更に、原判決は、控訴人には自ら審査請求の依頼の意思表示をするだけの能力があり、上田弁護士に原処分があったことを話しているので、期間徒過の正当な理由があったとはいえないと判示している。しかし、控訴人は上田弁護士に障害補償給付についての原処分を伝えてはいない。控訴人が伝えたのは、交通事故に遭い、その後の病院での検査の過程で意識不明になったという経過だけである。その時作成されたカード(〈証拠略〉)の表に「交通事故(労災扱いとなる)」との記載があるが、これは勤務中の交通事故で労災が適用されたというだけであり、交通事故による後遺症に関するものではない。

3  控訴人が記憶障害、構音障害を有していたことは明らかである。日常生活の中で風呂に入るとか、迎えに来てくれという程度の意思の伝達はできても、それ以上に込み入った内容を第三者に伝えることは困難な状況にあった(控訴人本人調書一八項)。したがって、仮に口頭による審査請求が認められないとしても、控訴人が期間内に審査請求ができなかったことには、労災保険審査会法八条一項但書の「正当な理由」があるといわざるを得ない。

(被控訴人)

1  控訴人の口頭による申立てがあったと主張する点について

控訴人が、労働基準監督署を訪れた際には、審査請求の意思表示をしていると思われるような態度、言葉はなかった。かえって、控訴人は、後遺障害の評価について、自賠責保険が一四級であるのに対し、労災保険は一二級という有利な決定が出たことで、自賠責保険に対して「異議申請ができる」と言って、むしろ喜んでいたくらいである(〈証拠・人証略〉)。

2  控訴人が上田弁護士に原処分を伝えていないと主張する点について

仮に、上田弁護士に原処分を伝えていないとしても、そのことをもって、期間徒過の正当な理由となしうるものではない。

3  控訴人が期間内に審査請求ができなかったことには正当な理由があるとする点について

控訴人は、不服申立期間が開始して一月経た後の昭和六一年七月初めに「口頭で担当官に審査請求の意思表示をした」と主張し、二月を経過する直前の同年八月一日には「上田弁護士に法律相談に行き、医療過誤訴訟の準備行為を行っていた」旨主張しているのであって、このことからすれば、当時の控訴人の右障害の程度は、異議申立をするにつき、その意思が相手に伝わらないほどであったとは到底考えられないといわねばならない。

三  証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録、当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

四  当裁判所の争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表六、七行目の「としているところ」(本誌六〇二号〈以下同じ〉45頁4段30~31行目)から同裏初行の「言うことができる。」(46頁1段11行目)までを「としている。」と改め、同裏二、三行目の「本件のような場合においても、」(46頁1段13~14行目)の次に「労働保険審査会が被控訴人審査官の決定と同一理由で再審査請求を棄却している本件においては、」を加える。

2  同六枚目裏六行目冒頭(46頁2段24行目)から同七枚目表初行末尾(46頁3段6行目)までを「(1)控訴人は、昭和五九年七月九日、本件交通事故に遭って頸部、腰部、右手挫傷等の傷害を負い、右労災扱いで、塩田医院に入院し治療を受けていたが、首痛等の症状が続くため、昭和六〇年二月六日、検査のため福岡県済生会八幡病院に入院し、同月八日頸部造影検査を受けた。その際、控訴人は、造影剤メトリザマイドを脊髄に注射した直後から嘔吐、左半身のしびれ、発語障害、記銘力障害等が発生したが、必ずしも右造影剤が原因かどうかは断定できなかった。控訴人は、済生会八幡病院を同月一四日退院し、同日から再び塩田医院に入院し、昭和六一年二月二八日治癒と診断されたが、その後も同年五月一三日まで国民健康保険で同医院に入院し、その後は少なくとも同年末まで同医院に通院して治療を受けた。また、控訴人は、その後、ヒステリー症、神経症、あるいは、反応性うつ病(甲五、乙五)等の診断がなされた。」と改め、同七枚目表末行の「本件障害補償給付」(46頁3段24行目)から同裏発行の「違いが大きいため、」(46頁3段26行目)までを削り、同八枚目表一一、一二行目の「原処分のあったことは話したが、」(46頁4段29~30行目)を「控訴人は、同弁護士に、昭和五九年七月九日正午ころ交通事故に遭ったこと、塩田医院に入院したこと、労災扱いになったこと、昭和六〇年二月六日済生会八幡病院に検査に行ったこと、同月八日同病院での脊髄検査の過程で造影剤を注入したところ、意識不明になったこと等の治療経過について伝えたが、」と改め、同一二行目の「明示的な」(46頁4段31行目)を削る。

3  同九枚目表二行目末尾(47頁1段23行目)に改行して「(9) 控訴人が、昭和六一年七月初めころに被控訴人監督署に出向き、担当の鹿野に面接したときの状況について、鹿野は、原審において次のとおり証言している。すなわち、鹿野は、『控訴人の話は、自賠責では一四級と決定されたが、監督署から一二級をもらったというような報告だったと思う。』、『自賠保険に対し異議申請ができるという趣旨の控訴人の言葉があった。』旨、支給決定後に控訴人が監督署へ来たのはどんな意味があったのか疑問に思わなかったとの問に対し、『よく、給付労働者というのは出入りするので別に不思議には思わなかった。』旨述べており、また、被控訴人審査官の事情聴取に対し、『控訴人とは長期療養者対策として塩田医院等で何度か面接している。』、『自賠保険が後遺障害を一四級と決定したことに対し、労災保険では一二級と決定したので、自賠保険に対し異議申請ができると言ってむしろ喜んでいたので、労災として審査請求するとは思わなかった。』と報告している(乙二の六)。これに対し、控訴人は、原審において、『郵便局の簡易保険では後遺障害三級の決定が出た。あまり違いすぎると思って監督署に行った。』旨供述し、また、『等級が違いすぎるから正常にして下さい。私は異議に来ましたと鹿野に言った。』旨供述し、更に、昭和六一年八月一日のことについて、『上田弁護士のところへは、労災の異議をお願いに行ったが、結果としてその趣旨が正確に伝わらなかった。』旨供述している。」を加える。

4  同九枚目表三行目冒頭(47頁1段24行目)から同一二行目末尾(47頁2段6行目)までを「(二) そこで、以上の事実により、控訴人が昭和六一年七月初めころ、労働基準監督署に赴いた際に、同担当官に対し口頭で審査請求の意思表示をしたといえるか否かについて検討する。担当官鹿野の、前記(9)の証言及び報告は、鹿野は控訴人と面接した際控訴人が不服申立をしているとの認識がなく、その後所定の手続をとっていない事実や、控訴人が労災扱いで長期間入院治療を受けている事実等前記引用の事実に照らし格別不自然とは考えられず、信用できるのに対し、控訴人の前記(9)の供述は、控訴人が上田弁護士に労災の異議をお願いに行ったが、結果としてその趣旨が正確に伝わらなかったとの点は、控訴人が同弁護士に本件事故後の治療経過について比較的詳しく事情を説明している事実(甲一の二)に照らして不自然で採用できないし、監督署に行って等級が違いすぎるから正常にして下さいと異議を述べたとする点は、控訴人が昭和六二年一一月二五日に上田弁護士を同道して監督署に出向き、障害等級の決定内容につき説明を求めた際、監督署職員から審査請求期間を徒過している旨の指摘をうけたにもかかわらず、なんら反論していない事実等前記引用の事実に照らし、採用できない。以上のとおり、昭和六一年七月初めころに控訴人から労働基準監督署に口頭で審査請求の意思表示があったと認めることはできないし、他に、控訴人が、被控訴人労基署長の原処分があったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内に審査請求をしたことを認めるに足りる証拠はない。」と改める。

5  同九枚目表末行冒頭(47頁2段7行目)から同裏六行目末尾(47頁2段17行目)までを「また、労審法八条一項ただし書にいう正当な理由とは、天災地変等一般的に請求人では如何ともしがたい客観的事情により審査請求をすることができなかった場合に限られないが、請求人の単なる主観的事情により請求期間内に請求できなかったというのみでは足らず、請求人が審査請求のため通常なすべき注意を払ったにもかかわらず請求期間内に請求できなかった場合等期間経過の責めを請求人に帰するのが相当でないと判断される事情が存する場合をいうと解すべきである。」と改める。

6  同九枚目裏一一行目の「能力はあったもので」(47頁2段24行目)の次に「(控訴人は、当時記憶障害等の障害があり、審査請求の意思を第三者に伝達する能力がなかった旨主張するが、同日控訴人は同弁護士に本件事故後の治療経過について比較的詳しく事情を説明している事実、自賠保険に対し異議申請ができる旨の鹿野に対する前記(9)の控訴人の供述等に照らし、採用できない。)」を加え、同一一、一二行目の「同弁護士にも本件原処分があったことは話しており、」(47頁2段24~26行目)を「その際、同弁護士に本件原処分があったこと及び原処分に不服があればその旨も話したうえで善後策を依頼するなどし、」と改める。

7  当審で取り調べた証拠によっても、前記認定判断を左右するに足りない。

五  よって、原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 近藤敬夫 裁判官 木下順太郎)

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